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IMG_6704.jpg  8月6日(日)午前11時から時津町元村郷の「原爆碑・疱瘡墓」で、濱岡 英明さん(元村郷在住)を代表とする有志一同による第2回慰霊祭が、総勢 約30人(うち子ども7人)が参加して開催されました。

 今回は、濱岡代表の「慰霊碑に懸ける思いを、IMG_6680.jpg 我々の世代だけで終わらせてはいけない。次の世代に伝えて行かなければ」という強い思いがあって、子ども育成会に声を掛けて、子どもの参加もありました。

 碑の横には献鶴台が設けられ。自治会の子ども育成会と高齢者サロン折り紙教室の皆さんが、願IMG_6687.jpg いを込めて折った千羽鶴が、供えられました。 

 式次第は次の通りです。
 黙祷⇒開会挨拶(中島 洋一 元村一自治会副会長)⇒今回の催しの経緯について(濱岡代表)⇒来賓あいさつ(新井時津町議会 副議長)⇒報道紹介(時津町広報 山口町議、長崎新聞 犬塚 泉 IMG_6694.jpg 西彼支局長⇒千羽鶴お供え(貞方 絹代 高齢者サロン副会長、育成会代表)⇒閉会あいさつ(一瀬ズッコケクラブ会長)⇒線香あげ(適宜お参り)。行事進行役は、周辺の地主 立山 末吉さんでした。 

 一昨年、元村一公民館で行われた町政報告会で「元村には江戸時代に伝染病(疱瘡)で亡くなった人を埋葬した疱瘡墓があり、IMG_6697.jpg 同地に原爆の犠牲者も葬られているが、長年放置され荒れ放題になっている。時津町の管轄と聞いているが、町で整備してもらえないか」という要望があったのが発端で、町が予算を付け、現在地の右前方の埋葬地にあった慰霊碑(昭和59年建立)を、移設し周辺を整備しました。昨年8月には、満行寺の住職さんを呼んで、第1回慰霊祭を開催しています。

 本件に関しては、皆さんの記憶も薄れ、言い伝えも確たるものが有りませんでした。一連の流れの中で長崎新聞社の記者 犬塚 泉 西彼支局長が調査し「名なき いしぶみ」という連載記事(上・中・下)を、今年のの3月7日、8日、9日号に掲載しました。
 その後、この碑のことを耳にした長崎市の被爆者の方が、お参りに来たときの取材記事が「被爆死の弟は きっとここに」という見出しで、5月29日号で紹介されています。

 これらの記事は、小生が変に編集してお伝えするよりも、原文をそのまま読まれた方が、感動すると思います。下のURLをクリックしてご覧ください。cse.google.co.jp/cse 

 濱岡有志代表は「原爆碑と疱瘡墓については、どのような経緯があってのものかを、殆ど知らなかったが、長崎新聞に連載していただいたお陰で、よく理解できました」と、犬塚西彼支局長に感謝の気持ちを伝えていました。

 所在地は「さばくさらかし岩」の南面(長崎市側)、時津南公園駐車場から歩いて5分のところにあります。傍の遊歩道を登って先に進むと、とぎつカナリーホールに出ます。(彼方)

【2017/08/07 16:01】 | まちづくり・街並み・話題のまち
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