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(蜜蜂)の小中学校同窓会が1月30日(日)琴海長浦町大村湾沿岸にある割烹浜莊であった。この割烹は国道206号線から20メートルほど海岸に入ったころで湾に面し眺望ががいい。

tyygaku_20110131103242.jpg小生らの中学校は、村松中学校といい村松村の村立中学校。西彼杵半島の裾野から大村湾沿岸の住民の子どもが多かった。

学年2クラス約80人(下の学年は1クラス)で小さな学校だった。昭和34年の合併で小生が住む子々川郷は時津町に編入され今にいたっている。

笑い話をふたつ。

その① M君は小学校に1年早く入学し、気づいたのは6年生のころ。卒業まじかになって、学校の先生から貴方は小学校を卒業するのに、年齢が足りない!卒業できない!といわれたそうだ。

困り果てたM君は、というよりご両親だろうけど。家に飼っていた鶏が産んだ卵をもって、校長先生に掛け合い、卒業できたそうだ。
    
その② 同じく別人のM君も早く入学しすぎて、何ヶ月かたったころ、貴方は学校にきたらダメと言われたそうだ。そして翌年の4月、小生らの小学1年生に入学してきた。

この時代、4月誕生を3月誕生のように実際より早い日付で届けでて、1年早く学校に入学させ、早く家の仕事を手伝わせるような傾向あった。(2人のM君は単純な間違いだろうけど)のどかな時代だった。

その約80人の同窓生も既に13人が亡くなっている。5年ぶりの古希同窓会に46人出席した。中には70人あまりの会社を経営し南アフリカのケープタウンへの出張で出席できない人もいた。

同窓生のうち3人は当NPO法人が呼びかけるカンボジア支援同行経験者。(うち1人は殆ど毎年)。別の1人は中山菜園参加者で農園の指導者。 今は、住まいは違うが、多くが自然豊かな村で、豊かな子ども時代を送った人たち。 卵を先生にもって行って卒業させて貰うような時代。

そして、小さい頃大村湾で泳ぎ磯遊びを楽しみ、大村湾の豊かさを知っている人たち。大村湾の水質浄化活動への協力をせいいっぱい訴えてきた。(蜜蜂)
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【2011/01/31 13:14】 | 山・川・海保全
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唐獅子牡丹
中学の同窓会とは羨ましい。小生が卒業した中学校は未だかって1度も無い(高校の同窓会は毎年やっているが)。

 小生も、中学時代の思い出を一つ。
3年前に亡くなった母は、映画館に店を出していた。もちろん小生は店番のお手伝い。

 ご存知だろうか?「十代の性典」という映画(若尾文子、南田洋子が出ていた)。

 上映の翌日ホームルームで先生「昨晩映画見に行った者は出て来い!」。小生も出て行こうとすると、「平田は出てこんでよろしい」と先生。

 教室の全員(映画を見て正直に前に出た者5~6人ふくめ)、「平田、良かネェ!」。(唐獅子牡丹)

童心に返る
彼方
 唐獅子牡丹さんよりも、やや年上の小生は、胸躍らせ映画「十代の性典」を見に行った。前評判がよかっただけに、期待外れの映画だったのを思い出す。当時はキッスよりも接吻の方が、通りがよかった時代、憧れの若尾文子さんが、少しやわはだを見せた程度。何を期待したのか?話題作をこの程度しか感じなかった、小生は「うぶ」だったのか「おませ」だったのか?

 ところで小生の中学時代の女性同級生は、会員7人の“美人会?”なるものを結成し、年一、泊まり込みの飲み会?を開いている。それぞれメル友でもあることから、ここ数年お誘いを受けているが、いろいろと用事があって参加できなかった。今年は一念発起、参加することにしている。“黒一点” アゴの猛攻は受けて立つとしても、襲われないように防御策は考え参加する(*^_^*)。

 田舎の同窓会は、還暦、5年後、古希、その後、毎年実施、一年一年が勝負、今年もやるぞーという情報あり。還暦には約200人が参加、その後、地元の幹事が大変ということで、おーいと声掛ければ届く範囲に、(中学時代)住んでいた50人程度が集まっている。勿論、遠方からの友もいて、童心に返ってのやり取り、絆には変えがたいものがある。(彼方)

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