投稿日:2008-01-15 Tue

「ハイヤ節」と言えば、天草の「牛深ハイヤ節」が有名だが、もともとは平戸の田助港が発祥の地(と、地元の人達は云う)。田助港は「潮待ち」「風待ち」の港。ここから全国に広がった。アチコチで、そこの地名を付けた「ハイヤ節」が伝わっている。
昔、酒宴でオバサン達が三味線の伴奏に合わせて腰を振りふり踊っていたのを思い出す。もともと漁師たちが唄い踊っていたのだろう。昔は踊りのフリも唄の歌詞の内容も結構卑猥だった。今や「観光資源」。踊手の衣裳もフリも「佐渡おけさ」のようだ。
ハイヤ節の歌詞に「一鞘走れば(はじければ)皆走る」という一節がある。
屋上のえんどう豆。あれから1週間が経って、4つの鞘が顔を出した。大きいのは既に5センチを超えている。厚みも少しふっくらとしてきた。でも、鞘が出ているのは、この1本の苗だけ。「偵察」して他の苗に情報を伝えるらしい。
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