さだまさしの精霊ながし。長崎市の爆竹の精霊流し。長崎でも地方によって、色んな精霊流しがある。 昔の話になるが、小生が住んでいた田舎では、麦わらで精霊舟をつくって、野菜や果物の初もの,仏壇にあげた供物を精霊舟に積んで、近くの川へ流していた。川に流すときは、軽くお経をあげたり、「また来年会いましょう」などと、別れを惜しんで情緒いっぱいだった。
いつの頃からか、「川に舟や供物がたまって非衛生的になる」と、一ヵ所に集めて、トラックで回収するようになった。味気ない気はするが川や大村湾の汚染に繋がるので仕方ないのだろう。
8月15日、今日も、自分で作った舟を集会場の広場まで持って行って、みんなでお経をあげて先祖を送った。
今時、麦わらもないので、舟はベニヤ板やダンボールで作る家が多い。初盆を迎えるお家では、大きくつくり、舟に車をつけて、地域を一周する。舟が各家庭の前を通ると、玄関に出て合掌する。
小生はホームセンターからダンボールを貰ってきて作った。小さい提灯を二個、西方丸などの帆を掲げた。お土産は、まんじゅう、スイカ、仏壇にあげた料理など。写真は集会場に集まった小さい舟。手前から2番目が小生の先祖が乗った舟。(蜜蜂ブン)
13〜14日のお盆に女房と四国に行った。13日夜は阿波踊りを桟敷から見た。ちょと大袈裟になるが、自民党総裁選も靖国問題も甲子園も吹き飛ばしてただひたすら踊る庶民のエネルギーを感じた。人間やはりこの世の憂さを忘れて馬鹿になる瞬間が必要なようである。もちろん「見る阿呆」にはなったが「踊る阿呆」にはなれなかった。
翌14日は「金毘羅さん」へ。真夏の785段は厳しかったが無事登り切り、本殿では健康とゴルフのスコアアップを祈願した。下るとき足がガクガクとなり、かえってきつかった。
栗林公園にも入った。盆栽のように仕立てる大きな松の枝ぶりが素晴らしい。常時15人の庭師がいるとか。ガイドのおばさん(56歳、と本人が言った)は「庭師さんは県の職員。私たちはいつ辞めさせられるか分らないパート」と不満そうだった。ところで、昔はやはり「クリバヤシ」と読んだそうだ。最近の若者には「クリリン」と可愛く?呼ぶ人が多いそうナ。
瀬戸大橋を通り、岡山から新幹線ーかもめと乗り継いで帰ってきた。 デジカメは持っていったがブログサイズには撮らなかったので映像なし(サイズダウンのやり方を知らないシュフノホマレ)


