天命といえばそれまでだが、どちらが先に逝くかは神のみぞ知る。順番はないのである。98歳のおばあちゃんの親族は後2年生きていたらと言う。60歳で逝った彼の友人たちはあと10年は生きてほしかったと言う。小生も来年は古希、欲を言えば切りがない、その時その時に全力投球「悔いのない人生」を送ろうと思っている。
ちなみに小生の愛唱歌は石原祐次郎の“わが人生に悔いはなし”。ほろ酔い機嫌で歌いだすと河島英五の“時代おくれ”のように「マイクがきたなら微笑んで十八番をひとつ歌うだけ」というわけにはいかない。人に迷惑をかけていることであろうが、これもまたわが人生。(彼方)
カンボジアは今雨季、10月いっぱいまで雨季です。事業家で当NPOの訪問団を受入れてくれるキムさんからのメッセージにも、「また雨です」とあった。日本人も梅雨期はうっとうしく感じますから分ります。
文面の最後には、文房具を沢山もって来て下さいとあった。
昨年シアヌークビルの学校で会ったジャイカの女性は体育の先生。(音楽もだったかな?)。雨季には体育が出来ないので、日本の絵本や童話をクメール語で読み聞かせをしたいとあった。しかし、クメール語も難しいらしい。来年の雨季からでしょうか?
毎年訪問する孤児院の会報には、「4月はもっとも暑い月」。子どもたちが体調を崩した。肺炎や喘息になった、とある。 カンボジアだでは医療、衛生面も充実しておらず亡くなる子も多い。
写真はその孤児院の子どもの昼食です。責任者の方は、孤児院を卒業したあと、食べて行けないと困るので、贅沢はさせないとおっしゃっていた。これだけ食べられれば栄養面では問題ない。(?) 当NPO訪問団は、昨年はお米をプレゼントしたが、すぐ無くなるらしい。
食欲を自制出来ない飽食日本人より色んな面で幸せかも。
文房具、絵本、お米 カンボジの子どもには、なんでも必要なのですが・・・・(蜜蜂)

3人目の孫娘が今年から1年生になった。1ヵ月前までは6年間通った保育園で、好き勝手にやっていたのが、1年生になった途端に自覚がでてきたのか、何をやるにも自分でやるようになってきた。
しかしながら環境が変わったことで、子どもながらに緊張しているのか、それとも体力の限界か? 学校⇒学童(ちびっこハウス)から帰ってくると、睡魔に襲われ「ばたんきゅう」と寝てしまう。最近は運動会の練習で、ますますお疲れのようである。
この孫娘の授業参観が25日にあった。娘(親)から「どうしても行けない、子どもが何で来ないのかと泣く、どんなに説明しても分からないので、おじいちゃんかおばあちゃん少しの間でもいいから行ってくれないか」とお呼びが掛かった。「さあ出番」と聞いた時間より少し早めに出掛けて行ったところが、様子が一寸変である。最近の学校では、帰り支度を授業参観で見せるのかと思いながら見ていたが、やはりおかしい隣のお母さんに、何時から授業は始まるのですかと聞いたら「1時30分から始まり帰り支度をしているところです」という答えが返ってきた。
何のことはない時間を間違えていたのだ。帰って詳しく聞くと、始まる時間はこの子の5年生のお姉ちゃんとおばあちゃんとのやり取りで、2時15分から始まるということだったらしい。「中途半端な時間でおかしいと思ったが」というおばあちゃんの弁。誰を怒りようもなくあ然としたが、打つ手なしのあとの祭りであった。
当の本人は学校で、小生の姿を見るや否や「先生おじいちゃんが来た」と先生に教え、先生も苦笑いをしながらこちらを見て会釈をしてくれた。顔を見せただけで安心をしたのか、満足したのか?その日1日上機嫌だったのが救いであった。
学校の先生の子どもは、運動会でも両親が揃う方が少ないので、子どもは可哀想だが、その分おじいちゃん、おばあちゃんの出番が増え、何やかやといいながらも楽しんでいる。
我が子のときはどうであったか、「(企業戦士で)会社一本であったお父さんがいなくて、母子家庭であった」と子どもは何も言わないが、つれあいがこぼす。心の中で少し反省!(彼方)

母子家庭に育英資金を提供する組織がアンケートを行った(今朝18日・長崎新聞3面)。
母親のパートなどでの平均給料12万円は支出20万円を大幅に上回っている。親類の援助や奨学金が頼りだが、恒常的な赤字とか。
父親を失った原因は、7割が病死で、2割が自殺(最近は「自死」という言葉を使う人もいる)。そのときの母親の平均年齢は47歳弱でそうである。私事で恐縮だが小生3歳の時から母子家庭。亡母は25歳の時離婚、それ以来再婚もせず、女手一人で子供2人(妹が一人)を育ててきた頑張り屋さんであった。
私の長女(30歳)は長崎市内に嫁ぎ、しょっちゅう実家へ帰り、子供2人(5歳と1歳9ヶ月)を両親に預けては友達と食べに行ったり飲みに行ったり。次女(27歳)は家で両親のもとぬくぬくと独身生活を楽しんでいる。母子家庭の厳しさを教えてやろうと思っている。 (唐獅子牡丹)

2月21日(木)時津小学校4年生89名の総合学習発表会があった。
これまで、ホタルの飼育から始めた環境学習も、更に海や山、川、森について勉強をし、今回は環境を護るため自分たちで何が出来るか、「調べる」「活動する」「呼びかける」ことについて発表しました。
ウォーターフロント公園やその海岸では、海岸に打ち寄せられるゴミの多いこと、ゴミの種類ではプラゴミやペットボトル、タバコの吸い殻が多いことを報告した。
小生たちが海岸のゴミ拾いをする時もタバコの吸い殻は意外と多い。街のゴミをめぐる環境問題は大人のマナー、意識改革が大事なようだ。
子どもたちは、それぞれグループを作り、温暖化、水問題、などについても研究し、「節水」「節電」などについて何をしたらいいか?どんな取組が出来るか?報告しみんなに呼びかけていた。
発表会には、コミュニティ時津から3人が参観し環境について一緒に考えアドバイスした。(蜜蜂ブン)
2月10日佐賀県の有田町で講演会が開かれた。講師は宮城県気仙沼湾で漁を営む畠山重篤氏。貴重な話だった。 
畠山さんは高校卒業後家業の漁師になる。気仙沼の海を護るには山を護ることだと気づき、根室山に植林運動を始めた。今やその数4万本。
一方、気仙沼湾では牡蠣の養殖で水質の浄化に努め、地元の子どもたちや県外からの体験学習を受入れるなど環境学習に力を入れたきた。これまでに日本全国から受入れた数、1万人。全てが気が遠くなるような数字である。 
気仙沼湾に注ぐ大川には鮭やウナギが上るようになったという。
「森は海の恋人」運動は中学校の教科書に取り上げられたり、大学入学試験で小論文の課題になるまでになった。そして今、京都大学の教授も務めておられる。
尚、この講演会はACSA(アジアの子どもたちを支援する会)と母体の企
業が主催してもので、ACSAはカンボジアに学校を7校職業訓練校を1校建設している。昨年11月コミュニティ時津のカンボジア訪問一行はこの内の3校を訪問した。当NPOコミュニティ時津の会員友岡さんはACSAの会員でもあり、この講演会の頭でカンボジアの報告を行った。
写真1、2は畠山さん、写真3友岡さん。(蜜蜂ブン)
平成20年2月6日(水)、平成19年度長崎県人権教育中央研修大会、第9回西海市・西彼杵郡人権教育研究大会が時津町のカナリーホールをメイン会場に時津公民館などで開かれた。
午前中は漫画・テレビドラマ「家裁の人」の原作者毛利甚八さんの「桑田判事はいま、何を思うのか?」の演題で話をされた。 午後からは、五つの分科会にわかれ、それぞれの分科会で報告がされたあと、質疑討論がなされた。 (登録参加数470人)
第4分科会(登録参加数128人)ではNPO法人コミュニティ時津がカンボジアのこども 時津の子どもと題し、カンボジア支援活動の報告を青山が、いただきますクッキング教室の活動報告を中原が行った。
また、同じ第4分科会の後半では長与町教育委員会村山さんが「平和コンサートいin長与」〜長与から平和の祈りを発信する住民参加型コンサート〜」と題して報告があった。
これまで、この種の大会について詳しく知らないが、今回は5分科会中3分科会をNPOが報告をしている。第5分科会はフィールドワークで「井上光晴の文学とキリシタン史跡を訪ねる旅」。中浦ジュリアン記念公園や横瀬浦などを訪ねた。写真は長与教育委員会の平和コンサートの取組みの報告。(蜜蜂ブン)

2月3日(日)9:30〜11:30、時津小学校の音楽会が開かれた。小学校1年生から6年生まで各学年やクラブなど総出演。
お母さんたちも、子ども会のハッピを着て我が出番とばかりにヨサコイを元気よく踊っていた。もしかしたら「モトヤン」だったかもしれないお母さんも、今日は子どもたちに尊敬されたに違いない。 この頃小学校の音楽会は企画運営委員会をつくって実施されるようだ。学校の先生たちが発表したり、保護者が発表したり、全員で歌ったりして楽しかった。
全員合唱は、「大きな古時計」と「春がきた」。小生は貰った歌詞カードを見ながら口をモグモグと動かした。
小生が小学生のころは、劇の発表会があってた。親たちが観にくると、緊張しながらも、嬉しく楽しいものだった。浦島太郎に扮してカメに載った時、カツラがコードに引っかかってとれて、慌てて拾ってかぶったような・・ 思い出した。
冷え切っっていた体育館も、終る頃には父兄や自治会関係者ら観客の熱気で次第に暖まって行った。(蜜蜂ブン)






