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猛暑 大雨 台風、、、、、。


子供たちの ♪夏休みのお楽しみ♪ も中止が多かったようで

可愛いお顔がふくれっ面になっていました。


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降り続く雨に

ウンザリ顔で空を見上げ、

ナントナク顔で庭に目を移すと

黄色い花が見えました。


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八方にかっこよく広がっている枝を物ともせず、

ワガモノ顔で、勢いよく伸びています。


        kiironohana3.jpg


この先どこへ行くのでしょう


        kiironohana4.jpg


教員だった母は

夏休みが終わり始業式の日の子供たちをみて、

 びっくりするほど成長してる。

と、いつも嬉しそうに話していました。



新学期が始まり、不幸なニュースを見聞きしますが

この黄色の花をつけた蔓植物のように

逞しく伸びて欲しいものです。


何か躓くことがあっても

あちこちに目を向けると

周りにはたくさんの優しい手が待っています。差し伸べています。





ところで、、、、( ;∀;)

この蔓性の植物は何なのでしょうか~

この立ち姿の美しさとパワーに微笑んでいますが、

  朝顔につるべ取られてもらひ水  (江戸時代の俳人 加賀千代女)

の歌がうかんでくるような~

ちょっと不便を感じている毎日です。
                    <kamekomama>
         
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【2019/09/03 17:01】 | 未分類
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 8月25日(日)午前10時からウォーターフロント公園で開催された「とぎつ夏まつり」については、当法人のホームページにアップしましたが、掲載できなかったこぼれ話を紹介します。
 ホームページの記事は下記URLをクリックしてご覧ください。
www.togitu.org/togidata/t190825togitunatu/t190825togitunatu.html

 V・ファーレン長崎のマスコットキャラクター「ヴィヴィ君」がやってきました。
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 小学校1~3年生対象の「魚つかみ取り大会」(参加費 300円)には70人が参加しました。1尾1,500円~2,000円はしそうな鯛を特設水槽に泳がせて、10人ずつ7組に分けてのつかみ取りです。結局、70匹の鯛が子どもたちの手に渡りました。鯛が可愛そうだ、と思いましたが、子どもたちは喜々として魚を追いかけ楽しんでいました。昨年までは、軍手をはめて魚をつかんでいましたが、今年は各自、タボを持ってすくい取りました。
IMG_3289.jpgIMG_3297.jpg  IMG_3291.jpg

 イベント広場には自衛隊大村駐屯地のPRコーナーが設けられ、隊員募集の説明コーナーやTシャツの販売、装甲車などの展示と乗車体験会が行われました。また、海上自衛隊は、水中処分艇に乗船し港内を周遊する催しや海軍カレー販売を行いました(海上自衛隊には取材に行けませんでした)。
IMG_3276.jpg IMG_3279.jpgIMG_3281.jpg

 フィナーレは、午後8時からの花火大会です。3,600発の花火が、久留里防波堤と浦防波堤の2か所から打ち上げられました。昨年は2,000発の花火が久留里防波堤から打ち上げられました。
IMG_3384.jpgIMG_3359.jpg  

 本記事中の全ての画像は、クリックすると拡大します。

 小雨決行の「とぎつ夏まつり」でしたが、一部の催しが中止になった以外は、ほぼ予定とおりに実施されました。主として時津町・長与町の方々が多かった、と思いますが悪天候の中でも存分に楽しまれたことと思います。(彼方)

【2019/08/28 11:45】 | まちづくり・街並み・話題のまち
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 時津川は、長崎市北部 標高413㍍の鳥帽子岳にその源を発し、長崎市横尾町から時津町を縦断し大村湾に注ぐ川です。

 時津町元村郷のケンコーホーム本社ビル(元村郷)から河口(浦郷)までの約2㌖の間に、14個の橋が架かっています。うち3つの橋(上流から井手園橋・古川橋・時津橋)は、国道206号線に架かっています。

 「100年に1度の大水害が起こっても安全が確保できるように」とのコンセプトで、河口側から上流側へと拡幅工事が進められています。国道206号線の古川橋の架け替え工事と近くの時津公民館までは完了しています。

 それより上流側は、先行工事として橋の架け替え工事を行っています。旧道(時津街道)からスカイタウンに入る長坂橋(元村郷「ケーキのありた」そば)は、平成30年3月に竣工し供用されております。現在は、その一つ上流側の山徳橋の架け替え工事を行っています。

 8月3日にその現場を通りかかったところ、7月末まではあった工事業者の安全掲示板などが取り外され橋脚工事が完了していました。これから先は業者が代わり上架工事が行われるもの思われます。

 長坂橋
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 写真左、正面の団地がスカイタウン、橋中央の先に見える三角屋根が「ケーキのありた」です。写真右、スカイタウン側から長坂橋を見ています。赤い四角柱のある建物は、「スロット専門店 Big Apple(パチンコ店)」の裏側で、入口は国道206号線側にあります。

 工事中の山徳橋
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 上段写真の左は下流側から、右は上流側から見た工事現場です。下段写真左は旧道(時津街道)の対岸側で、右が手前側です。

 この種工事は、基礎工事など目に見えない部分の工事に時間がかかります。牛の歩みながら、安全・安心のまちづくりのために、ハード面の整備が着々と進んでいます。(彼方)

【2019/08/21 06:23】 | まちづくり・街並み・話題のまち
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  8月4日(日)時津町元村郷の「無縁墓碑慰霊祭」については、既報(下記URL)のとおりですが、世話人の濵岡 英明さんがまとめた「時津町文化の森公園無縁墓碑に関する考察(被爆物故者の慰霊を込めて)」を紹介します。
togitu.blog65.fc2.com/blog-entry-1663.html

 下の写真が「無縁墓碑」です。
IMG_3064_20190810092601c7c.jpgIMG_3066a.jpg IMG_3067.jpg
 正面に「倶會一處」、裏面に「昭和五十九年九月 時津町建立」、側面に「平等處 この塚は戦死病死せられた数知れぬ方々の引取者不明の骸を埋葬したる場所で有り町民共々命の尊さを遠く後世に伝えるものである」と刻されています。この碑文について濵岡さんが触れています。


 以下、濵岡さんの「時津町文化の森公園無縁墓碑に関する考察(被爆物故者の慰霊を込めて)」の全文です。

濵岡無縁墓004  濵岡無縁墓003a 
 令和元年4回目の慰霊祭を終え、濵岡さんは「以降は元村一自治会と連携し『守る会』を存続させ、後世に伝えていきたい」と語っていました。(彼方)

【2019/08/10 10:01】 | まちづくり・街並み・話題のまち
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エアコンのきいた車の中。

それなのに、

暑いな~

と、不服顔の私。




千羽鶴を手に、わき目もふらず、噴き出す汗を拭おうともせず

平和祈念像のある方へと

一心に歩いていらっしゃる方が目にとまりました。

sennbaturu.jpg



まぁ~なんというこの私の為体

恥ずかしい



平和活動に参加していた母の姿がうかび、

我が儘勝手な私が情けなくなり思わず威儀を正しました。



平和でありますように。
                 <kamekomama>

【2019/08/09 18:06】 | 未分類
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感動しました!
彼方
 長崎原爆の日、爆心地前を車で通りかかった時のことでしょうか。式典に間に合うように、千羽鶴を手に一心に歩いている人は、Kamekomamaさんと同年代の方と思われます。その場の情景が手に取るように分かり感動しました。


komekomama
コメント ありがとうございました。
正にその通りで、何故かこみ上げてくるものがありました。
その情景を見る、たった今までの私っ⤵ 情けなく 恥ずかしかったです。

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 令和元年8月4日(日)午前11時から時津町元村郷の「文化の森無縁墓碑慰霊祭」が執り行われました。

IMG_3064.jpg  毎年、元村一自治会老年部喜楽会(会長 松本 文男 氏)の呼び掛けで、長崎原爆の日を前に実施される慰霊祭は今回が4回目で、墓碑建立にご尽力された新井町議や元村一自治会役員はじめ有志、子ども育成会の皆さんなど約35人(うち子ども10人)が参加しました。

IMG_3075.jpg  司会進行役を世話人の一人濵岡 英明 さんが務め「ここには74年前の原爆で、無念の死を遂げた人たちも葬られている。2度と戦争が繰り返されることがないように、後世に伝えていきたい」と述べて、物故者に黙祷をささげました。

  黙祷の後に、松本会長・背川自治会長IMG_3089.jpg ・立山喜楽会副会長・新井町議が、無縁墓碑へのそれぞれの思いを語り挨拶をしました。次に松本会長が、富士登山で持ち帰った水(ペットボトル)を、子ども代表が墓碑に供えた花にかけてあげ、5,000羽超の折り鶴を子どもたちが献鶴台に掛け、参加者全員が順に墓碑に線香を供えお参りをしました。
IMG_3091.jpg
 折り鶴は、高齢者サロン「ズッコケクラブ」の皆さんが、平和の願いを込めて毎週水曜日の集会で折ったものです。今年は立派な献鶴台が、墓碑の左側に設けられていました。社会福祉法人 啓正会理事長 清水 信子さんから寄進されたもので、昨年、献鶴台完成式の案内を 頂きましたが、IMG_3095.jpg残念ながら雨で中止になりました。

 すべての行事を終え、最後に一瀬ズッコケクラブ会長が閉式の辞を述べ閉会しました。炎天下の慰霊祭でしたが、午前11時半には終了しました。
 
IMG_3098.jpg  正午から舞台を元村一公民館に移し、冷やしソーメンや盆踊りの練習などで子ども会との交流会が行われました。この日の盆踊り練習の成果は、8月17日(土)午後6時から元村県営アパート広場で開催される「元村一夏祭り」で披露します。

 写真はすべてクリックすると拡大します。

 前回(第3回慰霊祭)の様子は、下記URLをクリックしてご覧ください。(彼方)
togitu.blog65.fc2.com/blog-date-201808-4.html

【2019/08/04 18:11】 | まちづくり・街並み・話題のまち
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「時津町」の昭和30年代の写真をみて

ふとっ!

「私」の30年代は~~~~?とっ!!!


eiga 015

これは、幻灯機です。



近頃の方に genntouki と言っても、 

えっ? 何っ? 何です? genntoukiって(・・?

と、目を丸くなさるのですが、

現代(いま)の時代でいうなら、、、、何というのでしょうか~

なんと説明すればよいのでしょうか~。


eiga 004

フイルムを差し込み

eiga 005

すると、差し込んだ ”画(写真)” が画面に映り

eiga 008

映った部分の画のお話を母が読む。

eiga 001

手で回して、次の場面へ話を進めて行く。

そうしながら一つの物語が終わるのです。




昭和30年代ではないですね~、、、、、、、20年代ですね~~~~~。

古い古い、、、、、半世紀以上も前のことです。


テレビも何もない時代、私の楽しみの一つでした。



今の時代で言うなら、、、、、、、電気の紙芝居?!?

紙芝居「も」、   紙芝居「すら」知らない。


現代は(今は)そういう時代でしょうか~
                   <kamekomama>

【2019/07/28 14:27】 | 未分類
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調べました!
-
 ”幻灯機”懐かしい響きのある言葉ですね。当時、幻灯機のある家庭は殆ど無かったんではないでしょうか。今の子どもたちは知らないでしょうね。それもそのはず、Webで調べたら古典的呼称とありました(下記)。
≪幻灯機(げんとうき、英名: magic lantern)とは、ランプとレンズを使って、ガラスに描かれた画像を適当な幕に投影するスライド映写機の原型にあたる機械、あるいはその後身であるスライド映写機(英名:slide projector)の古典的呼称である。≫ 和訳のすばらしさに感心しています(@^^)/~~~。

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  昭和30年代の時津町の写真です。
 S30代時津町(Y提供)写真上方が北側で大村湾が見えます。写真下方は南側で長崎市方面です。上下に通った広幅の道路が国道206号線で、狭い道との合流点付近が、現在の継石バス停です。狭い道は旧道(時津街道)で、日本26聖人が鎖につながれ、時津港から処刑場の西坂(長崎市 長崎駅前)まで歩いた道です。

 国道206号線沿いには田畑が広がり、のどかな農漁村であったことが想像できます。写真左側、国道206号線の延長線上には継石坊主(さばくさらかし岩)があります。上方大村湾の手前が浦郷地区で、現在は時津町役場や時津警察署、時津小学校などがある中心街です。

 ほぼ同じ地点から撮った現在の写真です。
IMG_2832ax.jpg 田畑が広がっていた地域には住宅や高層ビル、商店街、病院などが立ち並ぶ、人口3万人超の町に変身しました。

 写真左方から北に進むと日並郷です。量販店などの大型商業施設が立ち並んでおり、休日には大勢の人が時津町に入って来ます。また、西海橋経由で佐世保方面へもつながっており、時間帯によっては大変混雑します。

 時津町の文化財「継石坊主(さばくさらかし岩)」です(上の写真の左中央付近)。
IMG_2842.jpg さばくさらかし岩は、陽の光によって面相が変わるともいわれています。落ちそうで落ちない(絶対に落ちない)岩として、受験生の合格祈願お守りなどのグッズも出て、注目されるようになってきました。

 また、次のような言い伝えも残されています。時津村の漁師が、長崎に魚を売りに行く途中にこの岩の下を通り、ふと見上げると、今にも落ちそうな岩がありました。思案の挙句、落ちてから行くことにしましたが、待てども待てども岩は落ちてきません。辛抱強く待っているうちに、売りものの鯖を腐らかしてしまいました。それからというもの、この奇妙な岩を「さばくさらかし岩」と呼ぶようになりました。

 昭和30年といえば戦後10年、さらに65年が経ち日本は飛躍的な発展を遂げました。時津村が時津町になり、中心部は昔の面影はありません。「温故知新」古写真を見て懐かしく振り返り、隔世の感があります。(彼方)

※ 時津町民俗資料館(カナリーホール内)では、明治から昭和時代に時津町内で撮影された写真を募集しています。
 お問い合わせ先:カナリーホール 電話 095-882-0003 FAX 095-882-0307

【2019/07/15 07:23】 | まちづくり・街並み・話題のまち
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komekomama
私は時津出身ではないのですが、時津に限らず、古い街並みと、「今」を比べるのがとっても好きです。

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 当法人(NPO法人コミュニティ時津)の会員の中には、パソコンの勉強をしたいという声があったり、既存のパソコン教室が縁で会員になったりした人がいることから、NPO法人コミュニティ時津会員の居場所をつくり、パソコン操作のスキルアップと会員相互の親睦を図ることを目的に58日(火)、時津公民館集会会議室で9人が参加し、自己紹介や会員になった動機を語った後に、実施要領や会の世話役などを決めました。
 
対象は、当法人の正会員または賛助会員で、同好会の呼称は「こみとぎピーシーサロン」にしました(略称「ピーシーサロン」)。
 
 実施要領は、下記のとおりです。

①年間6回奇数月の第2火曜日に開催する。参加費なし。

②1回2時間(10001200)、正午までには退場する。

場所は、時津公民館を3時間(9001200)借用する。

④講師及びテーマ(課題)なし、お互いに教え教えられる会とする。

各自、ノート型パソコン持参を原則とする。
⑥ノート型パソコンがない人は、パソコンなしの参加も認める。

 第2回「ピーシーサロン」は、7月9日(火)10:00~12:00、時津公民館視聴覚室で開催し、11人が参加しました。次回は9月10日(火)です。7月1日現在の登録会員数は18人です。

 このサロンは、当法人の会員で「ピーシーサロン」に登録すれば誰でも参加できます。なお、新しく当法人に入会して参加している人もおられます。気楽に遊びに来てください。(彼方)


【2019/07/14 17:26】 | PC・IT・ネット
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去年の脱皮は本当に感動しました。



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そして

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脱皮を終える瞬間。



最後の一枚の写真は、ご近所の写真愛好家の方が写されたもので

こういう場面って見ることが余りないからと言われ、カメラで撮り続けられ、

良い写真が出来ましたからと

この写真をくださいました。


日常の中に トキメキや感動があるって、、、、、、、、、見つけるって

とってもすてきでワクワクします

                  <kamekomama>                 


【2019/07/13 16:08】 | 未分類
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同感です!
彼方
 本当に感動の瞬間ですね。我が家の庭にも蝉の抜け殻が散乱しています。
 17歳の孫娘が保育園に通っていたころ、教材にとの思いで「先生にあげなさい」と言って(抜け殻を5個ほど)持たせたことがありました。
 というようなこともあって、抜け殻は毎年見ていますが、脱皮の瞬間に立ち会ったことはありません。貴重な映像ですね(@^^)/~~~。


komekomama
ホントにそうですねー。教科書や図鑑、テレビの番組でみることはあっても、「実際に」ということは滅多にあることではありませんもんね。
でも、、ふと 今 おもったのですが、
身近にいろんな現象が自然の中には在ってるのに、忙しさにかまけて見過ごしてるのかもしれません。アンテナをいっぱい張っていなければ、、、、ですっ!

彼方さん  コメントありがとうございました。。
とっても励みになります。

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